大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)590号 判決

上告人

日之出礦油株式会社

右代表者代表取締役

石垣隆夫

右訴訟代理人弁護士

菅德明

被上告人

城東土地株式会社

右代表者代表取締役

中下亮一

右訴訟代理人弁護士

富永義政

大久保宏明

酒井清夫

右補助参加人

塚田保雄

右訴訟代理人弁護士

藤井瀧夫

塚田喜一

主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人菅德明の上告理由第二点について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  被上告補助参加人(以下、単に「補助参加人」という。)は、昭和二四年一〇月に、川井重次から、東京都新宿区水道町五三番一の土地の一部を購入した。同土地部分については、その後昭和二五年一一月三〇日までの間に、同所旧五三番五の土地と同番七の土地に分筆登記手続がされた上、補助参加人への所有権移転登記手続がされた。なお、旧五三番五の土地は、公道に面していたが、同番七の土地は、袋地であり、公道への出入りには旧同番五の土地を利用することが必要であった。

2  補助参加人は、昭和二六年八月八日、その兄である塚田英雄並びに弟である石垣隆夫及び塚田展夫と共に、上告会社を設立し、隆夫がその代表取締役に、英雄及び展夫がその取締役に、当時既に弁護士資格を取得していた補助参加人がその監査役にそれぞれ就任し、補助参加人は上告会社との間に顧問契約も締結した。上告会社は、旧五三番五の土地上にあった補助参加人所有の建物を使用して石油類の販売業を開始し、昭和二九年七月ころには、同土地の地下に石油の貯蔵槽を設置して、同土地及びこれに隣接し上告会社が小澤博から賃借していた同所旧五三番四の土地の一部において、ガソリンスタンドの営業を開始した。なお、右建物は、その後改築された。

3  旧五三番五の土地は、昭和四二年四月二六日、五三番五の土地と同番一一の土地に分筆され、後者は首都高速道路公団に高速道路用地として譲渡された。これに伴い、上告会社は、同年一二月ころ、従来旧五三番五及び同番七の各土地上にあった建物を取り壊した上、補助参加人の承諾を得て、五三番七の土地上に三階建ての本件建物を建築し、その一、二階部分をガソリンスタンドの営業に使用し、その三階部分は、補助参加人の区分所有とし、同人はこれを法律事務所として使用するようになった。そして、その後の昭和四四年四月二一日、本件建物の一、二階部分について、上告会社名義での所有権保存登記手続がされた。なお、上告会社は、昭和三七年以降、補助参加人に対し、土地の利用の対価を支払うようになっていたが、昭和四二年当時の額は、一年当たり四八万円であった。

4  昭和六一年当時、五三番七の土地上には、前記のとおり本件建物が存在したが、公道に面する五三番五の土地は、給油場所として使用されており、地下に数基の石油貯蔵槽が存在したほか、地上には昭和五三年に建てられた床面積4.96平方メートルのポンプ室が存在した。もっとも、ポンプ室については登記手続は執られていなかった。ちなみに、上告会社は、昭和四九年一二月、小澤から、従来同人から賃借してきた土地部分(分筆登記を経て、五三番四の土地となっていた。)を購入し、ここに洗車機等の設備を設置してガソリンスタンドの営業に利用していた。そして、上告会社は、昭和六一年五月までに、補助参加人に対し、同年一月以降の同人所有の土地の利用の対価として、合計九〇万円を支払っていた。

5  ところで、補助参加人と隆夫ら他の兄弟との間には、右昭和六一年ころから、上告会社の経営方針をめぐって意見の対立が見られる状態になっていたところ、補助参加人は、同年五月八日、被上告会社との間で、五三番五及び同番七の各土地並びに本件建物の三階部分の区分所有権を代金合計一〇億八五一一万円で被上告会社に売却する旨の売買契約を締結し、同月九日、その旨の所有権移転登記手続も行われた。この際、被上告会社は、上告会社が右各土地上でガソリンスタンドの営業をしていること並びにこれらの上に本件建物及びポンプ室が存在することを知っていたが、補助参加人から、上告会社は補助参加人との使用貸借契約に基づいて土地を利用しているにすぎない旨の説明を受けて、これを信じ、上告会社に対して問い合わせは行わず、本件建物の一、二階部分について上告会社名義で所有権保存登記がされていることを確認したのみであった。なお、右売買契約の代金額は、右各土地の当時の価格と比較すると、低廉ではあったものの、これと大きく隔たるものではなかった。

二  本件は、補助参加人から五三番五及び同番七の各土地を買い受けた被上告会社が、右各土地を占有している上告会社に対し、所有権に基づき本件建物のうち一、二階部分等の収去及び土地の明渡しを請求している事案である。

原審は、前記事実関係の下において、次の理由で、被上告会社の五三番七の土地に関する本件建物の一、二階部分の収去及び同土地明渡しの請求を棄却すべきものとし、五三番五の土地に関するポンプ室等収去及び同土地明渡しの請求を認容した。

1  補助参加人と上告会社との間においては、遅くとも五三番七の土地上に本件建物が建築された昭和四二年一二月ころ、右土地及び五三番五の土地について、上告会社のガソリンスタンド経営のため、堅固の建物である本件建物の所有を目的とする賃貸借契約が黙示的に締結された。

2  そして、五三番七の土地については、被上告会社が補助参加人から同土地を買い受けた当時、その上に上告会社が所有権保存登記をしていた本件建物の一、二階部分を所有していたから、上告会社は右借地権をもって被上告会社に対抗することができるが、五三番五の土地については、その上に上告会社名義により登記済みの建物が存在しなかったから、上告会社は右借地権をもって被上告会社に対抗することはできない。

3  ところで、補助参加人と上告会社の代表者である隆夫は兄弟であり、しかも、補助参加人は、弁護士で、上告会社の監査役でもあり、本件建物の三階部分に法律事務所も開設していたのであるから、被上告会社において、上告会社は補助参加人との使用貸借契約に基づき土地を占有しているものであるとの補助参加人の説明を信じたのは、当然であったといえる。補助参加人と被上告会社との間の売買契約の代金額は、当時の価格を下回るものであったが、これは、買主である被上告会社において本件建物等の収去を行うこととされた結果であって、被上告会社は、五三番五の土地上に上告会社名義により登記済みの建物が存在しなかったため借地権をもって対抗されることはないのを奇貨として、低廉な価格で前記各土地を取得したのではない。上告会社は、公道に面する五三番五の土地の利用ができなくなることによって、ガソリンスタンドの施設ないし機能を維持することはほとんど不可能となり、著しい不利益を被るが、被上告会社も、上告会社の関係者である補助参加人の言動により、五三番七の土地について上告会社の借地権による制限を甘受せざるを得なくなるという不測の事態に陥っているのである。そうすると、被上告会社が前記借地権につき対抗要件の欠けることを主張することが許されないいわゆる背信的悪意者に当たるとはいえず、また、被上告会社の五三番五の土地についての明渡請求が権利の濫用に当たるともいえない。

三  原審の右二2の判断は是認することができるが、二3の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

建物の所有を目的として数個の土地につき締結された賃貸借契約の借地権者が、ある土地の上には登記されている建物を所有していなくても、他の土地の上には登記されている建物を所有しており、これらの土地が社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されている場合においては、借地権者名義で登記されている建物の存在しない土地の買主の借地権者に対する明渡請求の可否については、双方における土地の利用の必要性ないし土地を利用することができないことによる損失の程度、土地の利用状況に関する買主の認識の有無や買主が明渡請求をするに至った経緯、借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないというべき事情の有無等を考慮すべきであり、これらの事情いかんによっては、これが権利の濫用に当たるとして許されないことがあるものというべきである。

これを本件について見るに、五三番五の土地は、上告会社の経営するガソリンスタンドの給油場所及びその主要な営業用施設の設置場所として、上告会社の本店である本件建物の存在する五三番七の土地と共に営業の用に供されていたのであり、これらの土地は社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されていたものということができ、仮に上告会社において五三番五の土地を利用することができないこととなれば、ガソリンスタンドの営業の継続が事実上不可能となることは明らかであり、上告会社には同土地を利用する強い必要性がある。その反面、買主である被上告会社には、これらの土地の将来の利用につき、格別に特定された目的が存在するわけではない。そして、被上告会社は、五三番五の土地の右のような利用状況は認識しつつも、補助参加人の説明により、上告会社は右各土地を補助参加人との間の使用貸借契約に基づいて占有しているにすぎないと信じ、本件の明渡請求に及んだものである。なるほど、補助参加人は上告会社の監査役であり、弁護士でもある上、上告会社の代表者等と血縁関係にあったというのであるから、被上告会社において補助参加人の上告会社の経営事情に関する発言の内容を信ずることもあり得ないではなかったといえる。しかしながら、営利法人である上告会社が、右各土地上に堅固の建物である本件建物を建築し、既に長期にわたりガソリンスタンドの営業を継続してきていたとの事情に照らし、被上告会社において、補助参加人の説明のみから、上告会社の右各土地の占有権原が権利関係の不安定な使用貸借契約によるものにすぎないと信じ、上告会社がその営業の廃止につながる右各土地の明渡しにも直ちに応ずると考えたのであるとすると、そのことについては、なお、落ち度があったというべきである。他方、上告会社は、五三番五の土地には、登記手続の対象にはならない地下の石油貯蔵槽や地上の給油施設のほか、ポンプ室を有していたにすぎず、右ポンプ室の規模等に照らし、上告会社が、これを独立の建物としての価値を有するものとは認めず、登記手続を執らなかったことについては、やむを得ないと見るべき事情があったものということができる。そうすると、上告会社において五三番五の土地を五三番七の土地と一体として利用する強度の必要性が存在し、右につき事情の変更が生ずべきことも特段認められない本件においては、被上告会社が右各土地を特に低廉な価格で買い受けたのではないことを考慮しても、なお、その上告会社に対する五三番五の土地についての明渡請求は、権利の濫用に当たり許されないものというべきである。

四  右と異なる解釈の下に、上告会社の五三番五の土地に対する明渡請求が権利の濫用には当たらないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中上告会社敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告会社の本件請求はすべて理由がないことに帰し、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、右部分に対する被上告会社の控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)

上告代理人菅德明の上告理由

第一点 原判決は建物保護法一条の解釈適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるので、破棄を免れない。以下その理由を述べる。

一、原判決は、第四当裁判所の判断中、二、判断の2賃貸借の対抗力についての項に次の様に認定して本件五三番五の土地について上告人の賃借権を被上告人に対抗出来ないとした。即ち、「(一)既にみたとおり、控訴人(被上告人)が本件土地を買受けた昭和六一年五月八日当時、被控訴人(上告人)は本件土地を参加人から賃借し、五三番七の土地については、その上に本件建物の一、二階部分を所有しその旨の登記を経由していたが、五三番五の土地については、その上に原判決別紙第二物件目録(二)1記載の床面積四、九六平方メートルのポンプ室を所有していたものの登記を経由しておらず、ほかに登記ある建物を所有していなかった。右事実に建物保護法一条の規定を適用すると、被控訴人(上告人)は控訴人(被上告人)に対し、その有する賃借権を五三番七の土地については対抗出来るが、五三番五の土地については対抗出来ないことになる。」

二、しかし、右認定は誤りである。

1、建物保護法一条は、「……土地の賃借人が其の土地の上に登記した建物を有するときは……土地の賃借人は其の登記なきも之を以て第三者に対抗することを得」と規定している。右の如く建物保護法は建物を有する土地を所在番地で截然と区別すべしとは規定していない。もっとも、その土地が一定の限られた土地であることは言うまでもないが、土地の所有番地は一応の区画基準として機能していると見るべきで登記した建物の位置とその土地の利用の状況、公示制度の目的、社会経済上の利害得失等から多少所在地番その他の相違があっても全体として第三者に対抗し得る旨を規定したものと解すべきである。

借地全体が一括利用され密接不可分な一体として客観的に認められるときは、その地番が異なっている場合でも全体として対抗力を認めるべきであり、又一筆について対抗力が否定されるときは右建物において営まれる営業に著しい損失を生ずる等社会経済上の損失も当然考慮さるべきである。

2、ひるがえって本件を見た場合、本件建物とその敷地である五三番七、と五三番五の土地は密接不可分な一体として一括してガソリンスタンド営業のため利用され、客観的にも又外見上も一見してその全体が認識出来るものであって、公示制度のもとにおいても第三者に不利益となる危険性はない。そもそも、ガソリンスタンド営業は一定の空間の確保を消防法で求められており、車の出入りの確保、給油設備の拡充のためむしろ建物の存在を必要としない、しいて言えば建物の存在自体が邪魔になる営業である。その様な空間の確保のため二筆の土地を一括して借地することはこの業種では応々にしてあり得ることである。

建物保護法は、土地に対する登記がなくても建物に登記があるときは借地権を第三者に対抗出来るものとした画期的な立法で、地震売買の如き社会経済上の損失を防ぐため有効に機能したことから見ても、本件上告人の五三番五の土地の賃借権を対抗出来ないとした判決は、むしろ、建物保護法一条の趣旨を排斥する判断というべきである。

3、又、原判決は五三番五の土地については登記された建物が存していないから、新所有者に対抗出来ないと判示している。つまりその建物の登記に所在地番として記載されている土地についてのみ対抗力を生じるとする。

しかし、この原則に対して過去の判例上いくつかの例外的判決が存している。

その一、は賃借人が賃借地上に登記ある建物を有した後にその賃借地が分筆され建物の敷地でなくなった場合にはその敷地でない土地についても対抗力が維持されるとする。(最高昭和三〇年九月二三日判決)その二は、賃借地上の建物が登記された後に改築され建物の同一性に問題が生じることがあるが、この様な場合には対抗力が維持されるのが原則であると解するとされる。(最高昭和三九年一〇月一三日判決)この様な場合建物保護法一条を厳格に解すればこの様な例外的判断は認められないであろう。

判例がそれらの例外を認めたことは、それが建物保護法一条の趣旨に沿うと考えたからであろう。

そうだとすれば、更に進めて一定の要件が備われば、その地番に登記した建物が存しなくても建物を保護する必要性が強く、それが社会的経済的に不可欠な利益に合致するものであれば一定の範囲で対抗力を認めることが同法の立法の目的にかなうし、又、その様な判断が強く求められるのではなかろうか。

4、前各項以外の対抗要件に関する主張は第一、二審の上告人の主張を援用する。

第二点 被上告人の本件建物収去土地明渡し請求は、背信的悪意者ないし権利濫用であるので、原判決は破棄を免れない。右に関する主張は上告人の第一、二審の主張を援用する。

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